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距離を走るって実は別にすごいことじゃないってこと。あと、お母さんのヘルメットのこと。

  • 執筆者の写真: Nezumi Fukuda
    Nezumi Fukuda
  • 2015年3月18日
  • 読了時間: 6分

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まあ、だいたいの趣旨は「昭島じてんしゃ日和ってなに?」のページに書いてますから省略します。

メインページは距離と難易度を基準に系統立てて書いているので、つぶやきのようなことやコラムをこちらに書いていきます。

日本の自転車文化ってどうなんでしょうね?

別に海外の自転車文化なんて知りませんけどね。

でも、昔、アルゼンチンを走ったことがあるんですけど、三ヶ月ほどテントを積んで気ままに。

「すげー、アルゼンチン?! この人すげー!!」

ね、すごいでしょ。

人生の中でも誇りに思う期間です。

別にすごくはないんですけどね。

写真は乗鞍なんですけどね。

なんで乗鞍?

その辺の話も交えて今回のつぶやきは。

でも、別に遠くに行くって実はすごいことじゃないんですよ。

距離を走るって、別にすごいことじゃない。

だって、時間さえ掛ければ良いんだから。

そして、時間=日数=宿泊予算=お金っていうのも事実です。

そして、すごくはないけれど、とても価値あることなんです。

これは間違いない。

さっき=の式は最後がお金ってなったけれど、これ逆には進まないんですよ。

多分、これは距離を走る人の共通の意見じゃないかな。

お金があるから、滞在日数を掛けて遠くに行ける。

そういうわけじゃない。

遠くに行きたいって言う情熱があるからお金もためるし、時間も作る。

お金がなければ野宿もする。

学生時代、日本を走ったときには本当にお金がなかった。

初めての長距離って「故郷の岡山~憧れの東京」を二号線と一号線で走ったんですけど、帰りの夜行バス代+1万円札

我ながら頭狂ってる(笑)

途中で、お母さんが、

「せっかくの旅行なんだから、美味しいものでも食べて、たまには宿にも泊まりなさい」

って二万円ほど郵貯の口座に振り込んでくれた。準備資金より多い金額を母親からもらうなんて情けないんだけれど、箱根の峠の道の駅で野宿して下って温泉街、箱根駅のすぐ裏の「かっぱ天国」で入ったお風呂は嬉しかった。

一万円札一枚きりだと風呂に入るのも難しかったんですね。

大人としては本当に恥ずかしい話なんですが、本当、母親には助けてもらってばかりいる。

アルゼンチンの時も、ウシュアイアっていう世界最南端の町から日本への飛行機の出る首都ブエノス=アイレスまでの航空券を買おうとしたら、クレジットカードが止まってる。

Skypeで母親に連絡したら、クレジットの口座の残高がないって(笑)

そこでも援助してもらった。

お母さん、ごめんなさい、ありがとう。

旅する人はみんなあまり言わないし、本当は避けるべきことだけれど、旅の資金って途中で援助してもらうことって結構多いみたい。

もちろん、全く援助なしの人もいる。

でも、だいたいみんな何回かは失敗している。

それはそれで、素直に甘えても良いのかもしれません。

そりゃ、いつまでも甘えてちゃいけないけれど。

それでも、大人になっても、こうして自転車に乗ってると、母親、父親への感謝って感じます。

特に僕は大学を中退したりして、アルゼンチンなんか放浪して、山小屋なんかに住み込みで働いて、挙句に日本で最も儲からない職ランキング上位の自転車屋さんなんかに就職した。

(このホームページは仕事抜きの僕の趣味のページなんですけどね)

これはなかなか親不孝ですよ。

それでも、自転車屋に就職するとき僕の親は喜んでくれましたね。

「自分の好きなことを仕事にして、ちゃんと定職に就いて」って。

実際、乗るのと、売るのは全く別の話なので手放しで好きなことを仕事にしたともいえないんですけど。

でも、好きなことに関わる仕事っていうのは事実ですね。

別に僕の実家は裕福ではない、むしろ、世間的には中の下くらいの経済状況かもしれない。

それでも、自転車旅なんて遊びを許してくれたっていう点でとても心の豊かな家庭だったのかもしれないと思います。

なんで実家の話なんかしてるんだ?

まあ、いいや。

そう、お母さんの話つながりでヘルメットの話

19歳のとき、バイトで貯めたお金でロードバイクを買ったんですけどね。

若い年頃だからヘルメットってすごく嫌だった。

結構良い値段もするしね。

そしたら、お母さんが一万円札渡すんですよ。

(この話の中ではよく一万円をくれるみたいですが、もちろん普段はくれないんですよ笑)

「乗っても良いけど、約束しなさい。必ずヘルメットをかぶるって」

だから、僕は旅の時には必ずヘルメットをかぶりました。

僕がヘルメットをかぶる理由って正直それだけですね。今は自転車屋店員っていう立場もあるからかぶるけれど。

母親の方が理由としては大きい。

マザコンみたいに母親の話ばかりしてる。

でも、旅に行くときに、「帰る場所がある」ってすごく大きいんですよね。

旅をしてると、時々、すごくうらぶれたような気持ちになることがあります。

まず、文明とか人間が嫌いになること。

普通の生活への嫌悪感。

ひいては、普通の生活をしている普通の人に対する軽蔑のような気持ち。

テントで寝ていて、本当このまま風化したくなることがあります。

かもめのジョナサンが光になってしまったみたいに。

基本的に自転車旅をしていると反社会的になるのかもしれません、野生的営みですから(笑)

そういううらぶれた気持ちのときに「帰る場所」ってすごく大事ですね。

そして、何回目かに帰ったときに、僕はちょっと旅について、

「どうなんだろう? これを繰り返していて良いのかな?」

なんてナイーブな気持ちになったりしました。

そうこうしつつ、山小屋したり、ペンキ屋したりもして。

やっとチャリ屋に落ち着く。

いや、世間的にはチャリ屋なんて不安定な仕事は落ち着いてるとは呼ばないのかもしれませんが。

世間的にはどうあれ、僕の中では落ち着いている、そういう時期に、

「普通の人が普通に楽しめる自転車の案内」

みたいなものを書いてみたくなりました。

最初はアナログに紙に印刷してフリーペーパーって形だったんです。

でも、単に紙代とかインク代とかの現実的理由から来る発行部数の少なさ、それに割と簡単に捨てられちゃったりの悲しさ。

あとは、Webの進化。

簡単に綺麗なページが作れちゃうっていいですよね。

Wixっていう無料のサービスでこのページは作ってるんですけど、本当に優秀。

そういうのもあって、現在のこの昭島じてんしゃ日和をやっています。

僕はちょっと(あるいはとっても)馬鹿なので、自転車を通して人生のことをいろいろ知ることが多いです。

知ったことは人に共有する。

一人で楽しまず、みんなで楽しめるように。

「日本の自転車文化」というフレーズは現在は「後進的」というニュアンスも多いに含んでいます。

ヨーロッパの猿真似みたいなのが強いというのも事実でしょう。

模倣は日本人の素晴らしい特技ですから、吸収するところは多いに吸収すると良いと思います。

でも、いずれ「日本の自転車文化」が海外の人から羨ましいと思ってもらえるような日が来ることを心から望みます。

微力ながら、このページを通して、そういう活動が出来ればと考えています。

 
 
 

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